歌はどうすれば伝わるのか?
歌うことって、なんだろう?
何に沿って歌えばいい歌になるんだろう?
何を大切にした方が伝わるんだろう?
いつも考えてます、そのことを。
この写真はミュージカル俳優のマイケル・クロウフォードが1986年、ミュージカル「オペラ座の怪人」で最初に怪人を演じたときのもの。
この人の歌にあるのは卓越した表現力。とにかく伝わってくるのだ。オペラ座の地下に住む怪人と言う異様なキャラクターをリアリティー豊かに演じて、その内なる感情を観客に身近に感じさせてくれる。優れたミュージカル俳優に共通しているのは、歌を通じて歌われている世界がこちら側に自然に流れ込んでくること。物語の筋書きに沿って、その役どころの心情や置かれた状況を伝えなくてはならないのだから、常に表現力を磨くことが求められる。当たり前のことだが歌詞カードなどを読みながら歌うわけにはいかない。
等身大の自分を歌うなら、素のままの自分をさらけ出すことで良い歌が歌えるのかもしれない。でも自分とは別の人格を表現しなければならないとか、自分が住む場所とはまったくの異世界を歌うなら、演じることが不可欠になってくる。役作りが必要になってくるはずだ。この点は極めて重要。
と、ここまで考えると。自分が何を歌うかで、必要なものが変わってくることがわかる。
ご覧の通り、ぞうさん。
僕はまどみちお作詞・團伊玖磨作曲のぞうさんと言う歌を聞くと、何故か泣けてしまう。
歌手がよほどひどくなければ泣けてしまう。それは歌詞と旋律、そのどちらにも単体で伝わってくるものがあるからではないだろうか?そもそも表現として力のある歌詞と旋律。で、もし自分がこの曲を歌うことになったら、どのようなスタンスで歌えばいいのだろう?母が子に寄せる愛情を表現すると決めたとして、どうしたらそれを表現できるのだろう?
たとえばこのぞうさん↓を聴くと、この歌い手はこの曲のメロディーと歌詞を淡々と歌っていると感じる。逆にこの曲の歌詞を表現するために、何か自分なりの解釈をしてるようには感じられない。
だからこの歌手がダメなんだと言うつもりはないが、ただ歌っていると言う風にしか聞こえない。
むしろ子を前にしているお母さんが、子に向かって歌えば、自然と気持ちが入るものだろう。母と子と言う関係性の中で歌を通じて感情が伝わる。自分が当事者であれば、特に演じる必要はない。
では自分の曲で、自分以外の人間をテーマにしたものを歌う場合はどうだろうか?
例えば僕の曲に「オトコ」という歌がある。
かつて僕のバンドメンバーだった男…女たらしで、酒癖が悪く、酔うと彼女に暴力をふるい、良いが覚めると謝る…そんなことを繰り返す男をモチーフにしている。だからその歌を歌うとき僕はその男を演じる必要が生じる。だがその一方でこの曲には微妙に自分の願望も入っている。自分は酒癖が悪くなるほど飲めないし、暴力も振るわないが、その男が深いところで感じるであろう彼自身の姿に、自分の願望を重ねようとしている。そうすることで、その歌の感情を表現することができるのではないかと考えている。
演じること、自己に同化すること。前者は客観視できる他人になりきる必要があり、後者は主観に疑いなく身を委ねると言う事か…などといろいろ考えるうちに、時間ばかりが経っていく。この問題を論じるのは少々難しい。それだけ自分にとっては探求すべきことなのかもしれない。
最後にもうひとつ別の例をあげる。
僕の関わるバンド・ネガコースティカの一曲"At the Last Moment"は、隕石の衝突により惑星最後の瞬間に立ち会う1人の男の、想起する心象風景と感情を描いている曲。その歌を歌うとき僕はその男の立場に立って歌うのだが、そのくらい自分にとって現実化することがありえないシーンだと、すなわち物語的だと、感情移入がとてもしやすいのだ。物語の力とは、人を異世界転生させる力でもある。しっかりした骨組みの物語の中で、人は実際の自分を忘れて登場人物になりきることができる。僕にとってネガコースティカの作品はどれも物語の登場人物になることに等しい。ちなみに英語の歌詞は全て川崎薫の作である。アルバムSAKUHOには僕が全訳した日本語詩が掲載されている。
そろそろこの話を終えよう。
物語のチカラと言えば、モンゴルの楽器・馬頭琴の由来を物語ったこの傑作絵本を読むと、僕は必ず涙してしまう。それはこの話が作り話だとわかっていても、人の感情の中にこそ紛れもない真実があることを物語っているから。それだけの物語の力がこの絵本にしっかり込められているからだ。
歌の力も同じものだろう。
だからただ歌うと言う事はただ歌うことに過ぎず、心を込めたものは心を込めた歌になり、意味をしっかりとらえた歌は意味をしっかり伝えることができるに違いない。
そのことを捉えて、そのさじ加減を整えていくところに、自然にその人ならではの歌が形作られていく。
自分が歌えるAt the Last Momentまで、
その道は終わらないと
思い始めたところだ。
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