ボサ・ノーヴァは、ジョアンからの頂きもの
7月8日はジョアンの命日になった
世界はジョアン・ジルべルトから
ボサ・ノーヴァという音楽をいただいた。
ジョアンが歌った1958年のヒット曲
"Chega de Saudade"が
ボサ・ノーヴァ最初の曲とされているから、
その年から数えると
ボサ・ノーヴァは今年61歳になる。
そしてジョアンは同年とって88歳。
もうこれ以上、歳とることはないんだね。
2003年の東京公演を思い出す。
すでに満席なのに、なかなか到着せず、
やっと到着しては拍手喝さいを浴び、
1時間半休みなく歌い通した。
そして大声援をうけてのアンコール。
ところが本人微動だにしない。
なんと椅子に腰掛けたまま
寝てしまったのだ。
最初、僕は観客のリアクションに
感極まっているのかと思っていたが、
人が出てきて、肩をたたかれて目が覚めた。
伝説奇行枚挙いとまなしのジョアンだが、
本当に僕の期待に応えてくれた!
最近読んだ本「ボサ・ノーヴァ詩大全」で
出会った傑作なエピソードを紹介したい。
1989年7月下旬、ジョアンの
ヨーロッパ公演をフランスの新聞記者が
インタビューしたときの実話である。
記者「1958年のシェガ・ジ・サウダージでボサ・ノーヴァが生まれたと聞いていますけど、あなたのコンサート見たときあなたのやってる事はまるっきりサンバだと感じました。本当はボサ・ノーヴァなんていうものは存在しないんじゃないかと思ったんですけど、いかがでしょうか?」
すると、ジョアンはこう答えた。
ジョアン「その断定は重大だね。もし私があなたに同意したら一大事になるだろう。あの頃、私はトム・ジョビンの相棒のニュウトン・メンドーサに「おい、ボサ・ノーヴァっていったい何だい?オレがやってる事はサンバだよ」と言ってやったんだ。そしたら彼は慌てて「そんなことを公表しないでくれ。我々の新しいムーブメントに揉め事を起こしたくないからね」と言ったから、それ以外この件を口に出した事は無い。だがね、あんたの言うことが正しいんだよ」
実に素晴らしいエピソードでしょ!?
ここにボサ・ノーヴァの真実と、
ジョアン・ジルべルトの本質がある。
ボサ・ノーヴァは本国では
ブームとして10年と続かなかったが、
アメリカで火がつき、日本に延焼した。
ボサ・ノーヴァが再び脚光を浴び、
現代の音楽シーンに地保を固めているのには
日本でのボサ・ノーヴァ人気も寄与している
そうである。
よく考えてみれば、
僕はボサ・ノーヴァスタイルの弾き方から
沢山のものをもらったが、
自分ではボサ・ノーヴァを殆ど演奏しない。
僕自身の傾向として
カヴァーにあまり興味がないからだけど、
もっといえば、
それはジョアンが孤高すぎるから…
VOZ e VIOLAO(声とギター)。
ジョアンはこの2つだけで宇宙を現す。
昔、ジョアンの「3月の水」を初めて
聴いたとき、リズムのある音楽なのに、
その瞑想的な静けさに打たれた。
ときにはオシャレを装い、
ときにはキザなBGMを演じる音楽。
でもジョアンの導く規則的なリズム、
安定したダイナミクス、正確なノートは、
官能的なマントラを紡いでいる。
88という数字のごとく、
地球の上で
永遠の循環を描きつづけている。
永遠の修行僧として。
やがてボサ・ノーヴァは
88歳を超えて生き続ける。
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