プログレ?それとも対岸に橋を架けること?

碓氷峠にある眼鏡橋。
創建当時の明治時代人には
さぞやプログレッシブ建築に見えたと思う。
今やこれは過去の記念碑であり、
ひとつの様式美にほかならないのでは?
これは僕のCDラックの一部で
プログレジャンルにくくられる音楽。
ほとんどが1970年代に生まれたから、
もうそれから50年近くが
経とうとしている。
しかもこれは昭和の時代に生まれた訳だから令和迎える今となっては
昭和から見る明治時代のようなもの。
日本人である僕らにとっては
ニ時代前の様式と言えまいか?
その眼鏡橋の上に登ってみると、
すこし離れた場所に
今線路として使われている鉄橋が見える。
昭和の時代に作られたものだろう。
ひとつの空間に2つの橋。
時代と様式の異なる橋が架かる。

橋を架けること。
向こう側に行こうとすること。
先人たちの実践は、
対岸に繋ごうと夢みることに始まった。
夢みることは、人間の性質。
前進するとき、人は夢を見ている。
様式ではなく、それは生きるチカラ。
ほんとうに大切なのはこっちだ。

今、プログレとカテゴライズされる
音楽を作った人々はそうして橋を架けた。
自分が若かった頃、
先人が築いた橋の上から
見えない明日を覗きこもうとしてみたが、
なにも見えなかった。
そこで本を読みまくり、
音楽を聴きまくった。
本は地図、音楽はガソリン。
そうやってとりあえず前進。
70年代の若者で
未だにプログレと繋がりを保つ人は、
その時代にそこから
生きるヒントとエネルギーを大量摂取した。
それは間違いないことに思える。
沢山のカーブを曲がって、
今いるこの場所からあの橋を眺める。
クッキリとカタチが見える。
あの上に立っていた時から
ずいぶんと歩いた。
やがてこの場所も過去になる。
あの橋も見えなくなるだろう。
過去に捉われるのは、
未来を夢見ようとしないからではないか?
プログレは過去だ。
様式はなにも生まない。

橋は対岸に向かう。
夢は対岸にある。

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