ハミル師(7)
あるとき、ある方の粋な計らいで、
ハミル師とワインバーに行く機会が
僕の身に訪れました。それもいきなり。
え?ハミル師と呑みにいく?
大変なことになったぞ、と考える間もなく、
さあ、いこう、と渋谷松濤の隠れ家バーに。
自然な成り行きで隣合わせになりました。
どうしたんだ?今日はなんて日だ!
師と並んで座って乾杯している。
これは果たして現実なのだろうか?
…この突然到来したチャンスに、
僕は師になにを語りかけるべきだろう?
どんな教えを請うべきであろう?
そこで思いついたのは師の若かりし日の事。
VdGGがマンチェスター大学で結成された時
ハミル 師は原子物理学専攻していたはず。
あ、ハナシの取っ掛かりが見えた!と
そのことを訊いてみることにしました。
ハミル師は少し考えてから、
赤ワインのグラスを傾けつつ、
僕にもわかるようにゆっくりと
語りだしました。
「そうなんだ。私は将来その方面に進むつもりだった。私の原子物理学の先生はとても広い視野を持つ方で、原子力の産業的活用といった分野にとどまらない、もっと根本的な問題までを扱っていた。例えばこの宇宙の成り立ちの過程を考察する、というような。結局、私はVdGGを始めて、大学を中退してしまった。同じ専攻の学生たちはその後、原子力方面に活躍の場を求めていった。その道にゆくことはなかった私だが、先生から教わったことは自分のなかに生き続けている。ある意味で私は彼の探求テーマを引き継いでいるんだよ、音楽というカタチのなかでだけどね」
(録音起草ではなく、あくまで僕の記憶による)
この話でスグに思い出したのはVdGGの名作、
"H to He Who am the only one"のこと。
水素からヘリウムへ、という化学元素記号をアルバムタイトルにするという、まさに師ならではの発想。僕がそのことを指摘すると、
「そうそう、まさにそうだね!」
ちなみにH to He とは水素からヘリウムへの移行、すなわち核融合を表している。
師のグラスに二杯目のワインを〜
続いて僕が訊いてみたくなったのは、
師がしばしば用いる
アルファベットのシンボルについて。
最初に質問したのはMrというあの文字。
あの一文字にどういう意味があるのですか?
「あれはね、あのMrの一文字にHAMMILLのスペルが全部含まれている。ここに書いてみるよ、このMをよくみてごらん。普通のMには横棒がないけど、そこに一本の横棒を加えたものだ。ほら、これだけでH、A、M、I、Lという5つのレターが見えてくるだろう?えっ?この矢印はなにか?って。これはサソリの尻尾なんだ。私の誕生月はサソリ座だからね。これで私だということがアイデンティファイされるというわけだよ」
(下にハミル師自筆による講義メモ画像あり)
むむぅ〜、そういうことだったのか!
高校生の時からの疑問のひとつを
師がサラリと紐解いてくれたのは
なんだか爽快で、このあたりから
会話もノリノリになったと記憶しています。
すでに二杯のワインが功を奏していた?
ハミル師のアナグラム(言葉の組み替え遊び)
好きなことは、
ファンには広く知られるところですが、
この一人遊びに取り組む師の姿を想像して、
ちょっと微笑ましく思ったものでした。
このハナシはさらに続き、
ハミル師のレーベルφに及びました。
「なぜφなのか、とよく聞かれるよ。ここにも実は私の名前が隠れているんだ。φはギリシャ文字で、その発音を英語のアルファベットに置き換えるとphiとなる。
これはPeter Hammill Independentの略で、ここには「私が独立したレーベルで音楽活動する」というメッセージを込めている。でもそれだとあまりにベタでしょ?だから読みはFie!という同音異字に置き換えたんだよ」
な、なるほど!
「そしてこのフォルムはト音記号に通じる!」
それにしても一人遊びが好きなお人だ、と
大いに納得するものがありました。
ハミル師の歌詞に秘められた数々の謎。
それは僕の研究領域ではないけれど、
このように師に解説していただけるものなら
いつまでも聞いていたいもの。
ハミル師、落ち着いておられますが、
実に会話を楽しむ方です。
でも、ワインのボトルはやがて空になり、
僕は師とこの機会を作ってくれた恩人に、
おやすみを告げました。
マンチェスター大学のときから50年以上、
中断することなく続いている
ハミル師の音楽活動。
プログレでは裏御三家といわれるVdGG、
そして自身のソロワークは
いわゆるメジャーシーンとは別の場所で、
世界的といえる評価を得ています。
その創作意欲と飽くなき探求心と
遊びゴコロとバイタリティーの「核心」に
直接触れる一夜になりました。
今から10年くらい前のことです。
0コメント