カエターノと自分

僕にとってカエターノとは、
この地球上において
最高のシンガーソングライター。
それは出会ったときから、
79歳の今現在まで変わらない。

1980年代半ばに
名盤Cores Nomes(色彩と名前)に出会い、
そこから夢中になった。
ならざるを得なかった。
ソフトな歌声のなかに潜む神経毒。
淡々と見せかけて恐るべきドラマ。
映像喚起を促すサウンド。
ボサノヴァにしてトランス。
ポップとアヴァンギャルド。
真逆のものを、聖と俗を、包む真綿。
アタマがキレすぎる不良。
ブラジル音楽はどれも最高だけど、
詩と音楽と映像性を具現化するカエターノが僕のなかで至高の存在となるのに、
時間は無意味だった。
そんなだったから
1989年の初来日ライブは僥倖といえた。
二日間の日本青年館での東京公演は
どちらも行った。
全てが圧倒的だった。
そしてやはり不良だった。
そのキレたパフォーマンスに
打ちのめされた。
音楽はめちゃくちゃロックだった。
アルバムで聴く以上に遥かにロックだった。
不良とはまつろわぬ人間のこと。
国や体制や長いモノに巻かれない人間。
権威を疑い、カタにハマらず、
既成概念に歯向かう。
そういう意味でロックは
かつては不良の音楽、音楽の不良だった。
しかし1980年代中盤にヒットした
欧米のロックからは
そんな不良性は消えていた。

それが目の前にある。
レアステーキのように生々しく。
この来日ツアーはアンビシャスラバーズの
アート・リンゼイがプロデュースした
アルバム・エストランジェイロ(異邦人)の
ツアーの一環であった。
怒涛のライブの後に、
僕はカエターノに会うことができた。
ステージでの天衣無縫ぶりからは
意外なことに
実際のカエターノは
小柄でとてもにこやかだった。
アルバムにサインをもらいながら、
このジャケットはまるで
フェリーニみたいですね、と伝えると、
カエターノは微笑んでこういった。
「とてもうれしいよ!僕はフェリーニ大好きだ。自分は映画監督になりたかったんだよ」
この日までに僕が直接言葉を交わせた
ロックミュージシャンは、
ピーター・ハミルとニコだったが、
カエターノとの束の間の会話には
まるで街角でバッタリ出会って、
挨拶を交わすような気安さがあった。

その数年後に出会い、
無二の親友となったブラジル人の
ミュージシャン、ゼ・ビニェイロに
このことを話すと
「ミュージシャンと言ってお高くとまっていると馬鹿にされる。それがブラジル人と言うものだよ」と返された。

カエターノにますます近づきつつ、
ブラジル文化の門戸が
僕にとって大きく開かれた時代だった。
僕はブラジルから多くのことを学んだ。
つづいてカエターノは
ロックなアプローチの傑作「シルクラドー」
ジルベルト・ジルとの共作「トロピカリ2」を
発表し、そして彼を一躍世界的なスターに
押し上げた「粋な男」をリリースする。
ジャキス・モレンバウムを
プロデューサー兼アレンジャーに迎え、
新しいスタンダードともいえる
巧みな歌唱と音楽の世界にシフトしていく。
オーセンティックな
カエターノの時代の始まり。
この時期からカエターノは
映画音楽を手がけるようになった。
彼は音楽という立場から
映画作りに関わっていく。
来日公演の楽屋での彼の言葉を思い出す。
自らの夢を実現したのだ。

60代からのカエターノは再び尖った。
自分の息子世代のミュージシャンたちと
バンドを結成し、
ソリッドなロック性を取り入れた表現に
アプローチし始めた。

カメレオンのように色彩を変えながら、
一見まるで変わったように見えても、
目を凝らして見てみると、
そこには現代美術のような
思考の切り替えが存在し、
ひょいっと既成概念と言う梯子を外して、
物事の本質に気づかせるカエターノの
一貫した表現の魔法が明らかになる。
カエターノにハマると言う事は、
単に音楽が好きだ嫌いだと言うことより、
さっきまで犬に見えていたものが、
実は猫だったということに
気づかされるようなもの。
カエターノをたんにボサノバシンガーだと
思っている人は気をつけたほうがいい。

シンガーソングライターとして
カエターノが歩んできた道には、
その時代に即した彼の新しい視点が
常にマイルストーンとして刻まれている。
同じスタイルに拘泥しないのは、
カエターノの特色と言えるが、
その一方でどんな音楽でも取り入れて、
カエターノ色に消化・昇華してしまう。
カメレオンの眼球のようなマルチアングル。

僕はライブハウスで
お客さんの集客をするのにさえ、
毎度苦労するくらいに
無名極まりないミュージシャンだけど、
このマルチアングルカメラで、
今、自分が生きる現実と
創る音楽を結びつけることの意味を
カエターノから学びとったことについては、
そうだ、という実感があるんだ。
さて、今週末まで79歳のカエターノ。
今年リリースした
アルバム・メウココ(私の脳)は最高だ。
柔らかい多面体。
この20年間のあらゆる試行が
ギュッと詰まっている?
今、僕はこれを繰り返し聴いている。
思考も音楽も脳の産物。
この偉大なる普通の人間である
卓越しすぎたシンガーソングライターは、
どこに到達したんだろう?
僕は今でもそれが知りたいのだ。
やっとここまでたどり着いた。

来る8月7日、カエターノが80歳になる。
この日ばかりは考えることをやめて歌おう。
僕は普段カバーをあまりしないけれど、
これほど好きなカエターノだから
カエターノの曲を歌ってお祝いをしたい。
僕と同じくカエターノの歌と音楽を
愛する人たちと一緒に。


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